2025/05/15 01:26
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2007/05/17 00:11
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——1ヶ月くらい前のお話。 四月。俺の誕生月。 「それよりもほら、桜がきれい……」と現実逃避したところで確実に一つ歳をとる。 それに伴い、運転免許の更新で試験場に行く。約二年ぶりの電車だ。 もはや電車にはよくわからないカードで乗るのが当たり前で、俺のように切符を買うのは少数派らしい。「帰りの分の切符を買っておく」というのは旧世代の行為になりつつあるようだ。自動改札機の形状も、単純になったのか複雑になったのか判断に迷うが、とにかく変貌を遂げている。 中央線の高架化も予想以上に進んでおり、記憶とは幾分ギャップのある景色の中、前面がのっぺりした近未来スタイルの車両がホームに滑り込んでくる。 二年分の浦島太郎気分に浸りながら府中に向かった。 「もし時間に融通がきくなら、試験場には午後から来るのがお勧め。水・木あたりの昼過ぎなら、運がよければ待ち時間ゼロで手続ができるよ。それに対して、日曜日、連休明けや月曜日の午前中は非常に混雑するから避けるべき」 と、後で職員が教えてくれた。 そんな知識を持たない俺は、見事に大混雑の時間帯に到着してしまった。外にまであふれそうな行列を目の当たりにし、自然にまぶたが引きつる。 げんなりしながら最初の受付、印紙購入、適性検査と、たっぷり二時間近く列に並んだ。 眠い講習もなんとか消化し、あとは新しい免許証を受け取るだけとなった。鼻歌混じりで交付場所に向かったが、異常に混雑しているためか、交付まで少なくとも一時間待ちとのアナウンスがあった。 待合室もごった返しており、座る場所もない。 「厄日だ……」 小声で吐き捨てながら建物を出た。 門のそばにあるベンチに腰をおろし、缶コーヒーを開けた。どちらにしようか迷い、「あたたか〜い」を選んだのは失敗だった。飲むときに嫌でも目に入る空には、立体感のある雲が細かく渦巻いている。まだ桜が咲いているというのに、初夏の日射しが肌に痛い。 所在なく敷地内に停まる献血車を眺めた。白衣の男が「A型の方、ご協力お願いします!」と声を張り上げている。俺のような暇人の血を吸おうという魂胆かと、鼻を膨らませながら邪推を巡らせた。気持ちに余裕がなく、あらゆるものが癇に障る。 すぐ横で水の音がした。 隣に座った女性が、青い魔法瓶の蓋に中味を注いでいた。お茶らしき液体から湯気が立っている。 受付から始まり、印紙、適性すべての行列でいつもすぐ近くにいた人だ。結局、講習まで同じ部屋だった。彼女の羽織っている青いカーディガンが、窓からの陽に鮮やかで眩しく、妙に印象に残っていた。 「なんだか、ご縁がありますね」 青の円筒を傍に置くと、菩薩的な笑顔を俺に向けて話しかけてきた。彼女の方も、俺がずっとそばにいるのは意識の隅にあったようだ。 しかし単に流れ作業開始のタイミングの問題で、ご縁というほどではないだろう。無難に「そうですね」と微笑み返すにとどめた。 実年齢は二十代だろうが、湯気に息を吹きかける横顔には幼さがある。その一方、コップがわりの蓋を包むように持つ指先は、意外になまめかしい大人の表情を見せていた。中学生でも主婦でも通用しそうな、「年齢なんて気分で変える」と言わんばかりの謎めいた雰囲気の女性だ。 「こんなお天気になるってわかってれば、冷たいのを入れてきたのになあ……」 お茶を一口飲み、彼女が自嘲気味に呟いた。俺と同じ失敗をした仲間というわけだ。 そのままコップの中味を一気に飲み干すと、こんどは横に置いた青いショルダーバッグをごそごそやりだした。取り出した紙の包みを剥き、膝の上で銀紙を開くと、大きな海苔巻きが姿を現した。 その見事な太さと海苔の艶に、目を奪われてしまった。 「いかがですか? 沢山ありますから、どうぞ」 二人の座る隙間に海苔巻きを置きながら、彼女が無邪気に勧めてきた。いつの間にか紙おしぼりも用意してくれている。 思わぬ待ち時間で小腹が空いていたのもあるが、なにより種々の具材が巻かれた瑞々しい断面は食欲をそそる。 「ありがとう。じゃ、いただきます」 重量感のある一切れをつまみ上げ、かぶりついた。 「味、どうですか?」 不安げに彼女が俺を見据える。 いたずら心が湧き、すぐには返事をせずにいた。舌の上で優しくほぐれる酢飯と、徐々に緊張を増してくる彼女の表情を楽しんだ。 たっぷりと時間をかけて飲み込み、俺はおもむろに口を開いた。 「おいしいです。いや、本当に」 「よかった」 頷く俺にホッとしたようだ。散りゆく桜をバックに警戒心を解いた顔は、脆い美しさがあった。 彼女は自分でも輪切りされた一つをつまみ、目の前にかざして苦笑した。 「早起きして作ったんだけど、欲張っていろいろ巻いたら、こんな太さになっちゃって……」 普段の俺なら微塵も興味を持たないだろう生暖かいエピソードも、彼女の無垢な笑い声がアクセントになって耳に心地よい。自然に頬が緩んでしまう。 そこには春があった。 「あのう……」すべての海苔巻きを二人で平らげて腹を休めていると、彼女がおずおずと声をかけてきた。「まだ時間はあるみたいだし、よかったら一緒に献血しませんか? わたし、以前からやってみたいと思ってたんですけど、一人だとちょっと抵抗があって……」 「あれね」 俺は献血車の方に目をやった。白衣の彼が相変わらず「A型の方、ご協力お願いします!」と叫んでいる。 海苔巻きをごちそうになり、彼女のおかげで楽しい時間が過ごせた。人の役に立とうと考える余裕もできている。それに、俺自身も献血は未体験で興味があった。 「よし、いきましょうか」 彼女を連れ、懸命に呼び込みを続けていた白衣のお兄さんに近付いた。 「ご協力ありがとうございます。血液型はお分かりですか?」 爽やかな問いかけに、俺たちはほぼ同時に答えた。 「A型です」 「A型です」 「お二人ともA型ですか……」彼の表情に陰が走った。 「どうかしたんですか?」 ただならぬ様子に思わず尋ねた。 「実は」大きく息を吸い、意を決した白衣の彼が顔を上げた「A型の血をためておく容器が、あと一人分しかないのです」 「そんな! あんなにA型の血が欲しいって叫んでいたじゃない! 今になってA型の血をためておく容器が一人分しかないなんて……そんなの……おかしいわよ!」 白衣のお兄さんに彼女が詰め寄った。 「なんとか言ったらどうなのよ! ねえ!」 うなだれる彼の白衣の裾を掴み、完全に取り乱している。 「B型の血をためておく容器は使えないの? O型の血をためておく容器は? そうだわ、AB型の血をためておく……」 「君が献血しろ!」 俺の一喝に動きを止め、彼女が目を見開いて振り返った。 「献血するのが夢だったんだろ。A型の血をためておく容器が一人分しかないなら仕方がないさ。俺のことはいいから、君が献血するんだ」 「そんな……あなたは……」 「海苔巻き、とてもおいしかったよ。ありがとう」 膝から崩れ落ちる彼女を残し、俺は献血車を後にした。 見上げた空は、もう夏の色だった。 (了) ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 牡羊座: 全体的に運気低調。物事のタイミングをはずして時間を無駄にしてしまいそう。同僚からの誘いに積極的に参加してみては。大事な選択が裏目に出るかも。温かい飲み物でリラックス。興味のないことに関心が持てる日。感謝の気持ちを忘れずに。ラッキーカラーは青。 A型: 思わぬトラブルに巻き込まれるかも。身近な人の意外な一面を発見しそう。ボランティア活動が吉。新しい出会いを大切にしてね。海苔巻きを食べると運気がアップ。 以上、各種占いのサイトから寄せ集めた免許更新当日の運勢です。 皆さんも経験があると思いますが、運転免許の試験場に行って献血車を見るたび「俺も含めて牡羊座A型の人口密度はきっと高かろう」と考えてしまいます。 「思わぬトラブル(A型の血をためておく容器が一人分しかない)」以外は、割と自然に話が流れていると思いますが……お題物って難しいな。 というわけで、もちろん冒頭部以外は妄想アクセル全開です。俺のロマンティックにブレーキはついてません。♪とまらない。 PR |
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