実はもう何も思いつかなくて非常に困っていたのだが、昔の写真を整理していたら、ふとある写真が目にとまった。
それは学生の頃、学祭に発表したインスタレーション?作品だった。
はがき大に描かれたある絵が何枚も複写され、それらが大きなロール紙に規則的に並べられている・・・・。
僕がこれほどまでに固執して描き続けたもの・・・
それは某先輩の「熱い顔」だった。
(プライバシー配慮のため、ここではS田さんとします。)
今からおよそ15年ほど前、すなわち私が大学1年生のころ、初めての夏合宿に参加し、みなで湖畔にてバーべキューをしていた時のことだ。
焼肉もほぼたいらげ、そろそろシメに焼きそばでも食べようかということになり、鉄板に焼きそばをぶちまけた。ジュージューと音をたて、黄色の生麺がこんがりと小麦色に焼けていく。ほぼすべての材料を平らげ、ビールで一息ついていたときに事件は起こった。
ふだんはハンサムですっとした印象のS田さんが、まるで阿修羅のごとき形相で焼きそばを食べているではないか!
眉をしかめ、口を大きくあけたその様子はまさに野獣。とても苦しそうに食べている表情はまるで、2音半チョーキングをかますマイケルシェンカー(ロックギタリスト)みたいでもあった。
僕はS田さんの食べっぷりをみて、まるで鈍器で殴られたかのような衝撃を受けた。そして後にとりつかれたようにこの顔を描き、習作を重ねた上で、展示室を借り切って、この顔の絵でインスタレーションをする機会を得たのだ。
私はこの顔を「焼きそばを食べるS田先輩」から「ホットマン」という名前にしてアートアイコンにした。
それは絵画にとどまらず、自身の長年連れ添ったギターにもペイントし、はたまた複製してシールにして販売しようとした事もある。(失敗したが。)
学生時代の授業の課題は製図やプレゼンといった間接的な表現しかなく、自分の心の奥底に眠るマグマのようなエナジーを発露するにはもの足りなかったのかもしれない。
だが、ホットマンを描いている間は自由だった。
コンプレックスや孤独、青春特有の悩みに対するセラピーだった。
大学3年の芸祭時に校内展示室で行ったこのホットマンインスタレーションも今から思えばつたないディスプレイで、見せるのも恥ずかしい位だが、若さがものを言った。
様々な感想をいただいたが、中には「これ、ちゃんと作品化したら、結構売れると思うよ。」と褒めてくれる方もいた。
当時はそれを真剣に受け止めて舞い上がったものだ。
だけど、仮にホットマンを何らかの形で公にして、万が一売れて金持ちになったとしても、自分の純粋な表現欲から生まれたホットマンが金儲けの道具になるのは良いことなのだろうか?
(まあ、ちゃんと市場の流れ、トレンドを読んで戦略的に動いていかないと、まぐれで売れるなんて事はありえないのが現実である。売れている作家というのは、ちゃんとマーケティングしているものだ。)
とにかく、ホットマンを描いたことで確実に僕は何かを得た。そして今の人生につながっていると思う。
あれから15年・・・・。
時は流れ、僕も少しは大人になった。
だが、ホットマン創作時に持っていたスポンテイニアスな表現欲は自分にまだあるのだろうか?
残念なことに、現在は仕事に終われ、こうした表現もロクにできていない。
ただし、人生と音楽にはこだわっている。
これからも真剣に自分の人生を生きていこうと思う。
そしたらきっとまた、ホットマンみたいなものに出会うはずだから...。
その時は迷わず(とりつかれたように)描きまくろうと思う。

さて、3回まで読んで頂きありがとうございました。
実は僕の回は今回が最終回です。
見てくださってた皆さん、コメントを下さった方々に心より感謝を申し上げます。
どうもありがとうございました。
またいつかお会いしましょう!
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