2025/05/15 12:24
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2007/07/15 12:56
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「話し方がゆっくりになったね」 電話口の向こうから、そんな風に言われた。駅から自宅への帰り道、私から携帯で電話をかけた時のことだ。 アッ、と思った。言われるまで気づかなかったけれど、確かにそうだ、と思い当たったからだ。今の私は、何かを噛みしめるように、ゆっくりと話していた。 「前はあなた、とても早口だったよ。まくしたてるみたいに」 その人は、また言った。電話の相手は、私の母と年齢が近い女の人。不思議な縁で出会い、ちょくちょくと前から相談をさせてもらっていた人だ。 「……そうですねぇ…」 歩きながら、私は、しみじみとうなずいた。 中学、高校と続けて私は演劇部に所属し、役者をしていたが、その頃から特に注意されていたのは、早口である、ということであった。早口のため、ろれつが回らず、何を言っているのか分からない。発声練習のひとつである、滑舌もまた苦手だった。思い出せば、小学校の国語の授業で音読する時も、もう少しゆっくりと読むように、とよく注意されていた。 「すみちゃんはね、人から自分のことを分かってもらいたい、と言う欲求が凄く強かったんだよね。それに言葉も使えちゃうもんだから、必要以上に言葉を並べ立ててしまう。で、ガーッと言っちゃうわけ。でもそれに、なかなか他人はついていけないんだよね」 「…確かに…」 前なら、他人からこんなふうにものを言われたら、私は間違いなく傷ついていただろう。けれど、傷つくどころか、私は深々とうなずくばかりだった。思い当たることは多々あり、言われていることはすべて事実だった。 「私、寂しかったんですよね」 正直に、私は白状した。 「ずっと意地を張って、独りでも平気だよって顔をしてたけど、内心は、寂しくてたまらなかったんですよね。だから、自分のことを分かってもらいたくて、言葉を尽くして、まくしたてていたのかも…」 「そうだよぉ」 からからと彼女は笑った。ほの暗い夜道が明るくなるようなあかるさだった。 「あなはさ、人一倍寂しがりやで、甘ったれで、求めるものが大きすぎるんだよ。でも他人なんて、自分のことをそう好意的に受け止めてくれるものでもないでしょ?」 「…はい、失敗もいっぱい。その度に落ち込んで」 「でもあなた、変わったよ。きっと、どっかで安心できたんだね。声からそういうのが伝わるよ」 「安心…そうですね…」 安心した、というのはほんとうだった。今までずっと家族のことを顧みていなかったけれど、自分の現在の悩みを母に打ち明けた時、心がふっと楽になったのを感じた。 母。彼女は今でも、私の中で大きな存在だ。 二卵性双生児の妹であり、4人きょうだいの次女として生まれた私は、家の中でもいつも疎外感を感じて生きてきた。他のきょうだいが上手に母に甘えるのに比べ、どこか自分自身はそれを我慢しなければならない、と子ども心に勝手に解釈していたのかもしれぬ。私が他人に対して、敷いては世界に対して、いつも一歩引いた立場で関わる癖も、幼少期の経験から由来している。しかし本心では、いつも母に一番甘えたかった。自分の願いを叶えてほしかった。孤独を幼い頃からずっと抱えてきたけれど、その寂しさの源は、いつだって母に対するせつない渇望であった。すべての問題の根源にやっと辿り着いたとき、私は、母に今までの思いを打ち明ける勇気を得たのである。 そんな私の思いを、悩みを、母よりも先に打ち明けたのが、電話先の彼女であった。彼女は私の心中などお見通しで、むかしの私を笑い飛ばして、背中を押してくれた。 私は、泣きながら母に告白した。母は母なりにどう私を見つめていたのかを話してくれ、そして、あっけないほど簡単に、私のことを許してくれた。これまで、私が母のことを傷つけていたのにも関わらず、である。私は泣いた。それはまるで、重くたちこめていた闇が涙で洗い流され、だんだんと視界がクリアになってゆくような、不思議な感動だった。 家に着いた。私は門を開け、玄関先に座り込んだ。 彼女は喋り続ける。 「前は笑っていてもどこか影があったけど、今は表情もきっと変わっているんだろうねー」 思わずほおが緩み、声を立てて笑った。 「そうですね、そうだといいなあー。じゃあ、次会う時は、今よりももっといい顔になっておきますよ」 「うん、今度、楽しみにしてるよ!」 今度、ということばが嬉しかった。次を約束されたことば。それが表す、限りない信頼。 ほおが緩んで止まらないのを自覚しながら、私は締めくくりのことばを続けた。気づくと夜も遅い。 「じゃあ、長々とすみませんでした。ほんとうにありがとうございました!また今度、ですね!」 「そうだねー元気でね。ばいばい!おやすみなさい」 「はい、おやすみなさい」 途端にぷつ、と電話は切れ、つーつーと味気ない電子音が耳元で鳴った。その音が、以前はとても嫌だった。おおげさかもしれないが、いきなり自分が他人と断絶されてしまったような気分に陥るからだった。 しかし、今やどうだろう。 携帯を折り畳むと、私は意気揚々と、家のドアを開けた。 「ただいまぁ」 前よりも、今は他人を近く感じる。 なぜなら、私は、自分自身が所属する場所をもう一度見出したから。それはどこの土地にいようとも変わらない、私の家族がいるこの家である。 PR |


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