3年ほど前のことか、となりの市に住む私の叔母から
「引っ越しの手伝いをしてもらえないか」との連絡があった。
もっとも叔母が引越すわけではない。
知り合いの引っ越しだと言う。
引越業者に頼むほどの量ではないのだが、
訳あって、ひっそりと、そして速やかに、
引越しをしたいらしいのだ。
そう、それは世間一般で言うところの“夜逃げ”である。
「とりあえず、姉さん(私の母)のクルマ(ワゴン車)
なら荷物は積みきると思うのよ」
「う〜ん、そんなに荷物が多くないのなら・・・
でも、・・・夜逃げって、何か大丈夫?
ヤバいことにならない?」
「大丈夫よ、私の親しい人だから。それにそう言う
破産とか借金とか、じゃないからね。」
「ならばいいけど・・・で、どんな人なん?」
「いやサ、私とやっちゃん(娘・従姉妹)が通ってる
英会話教室の先生なのよ。ロクサーヌって言うの。」
「・・・!!、ガイジンかい!?」
まさしく欧米だ。
彼女は当時勤務していた教室のオーナーとそりがあわず、
退社したいと申し出たが、なかなか受け入れられなかったという。
按ずるに、昨今の英会話ブームによる競争の激化があるのであろう。
教室の乱立や大手の進出に対抗してゆくため
雇用側はより厳しい勤務条件を求めざるを得ず、
かといって馴染みの生徒を持つ教師に辞められてしまっては、
顧客の流出を出来せしめかねない。
だが『苦しい今だからこそ、一丸となって頑張ろう!』
とはコレ日本流。
エンプロイとエンプロイアに明確な一線が引かれている欧米流、
被雇用者に無理強いをする「経営能力のない」
オーナーに対しての不満・不信がエクスプロージョン。
“あてつけ”の意味も込めて、一晩のうちに群馬の教室から
消え去ることに決めたという。
同業仲間の外国人を通して、すでに次の勤務先も決まっている。
神奈川県藤沢市、そこに引越しをするというのだ。
とは言え同業仲間を巻き添えにすることはできず、
生徒である叔母に助けを求めたというわけ。
ガイジンのヨニゲ。
興味本位で、私は請ける事にした。
**********
さて決行の日。
母のワゴンを借り、叔母をピックアップし、ロクサーヌのアパートに向かう。
道ゆき叔母から彼女についての話を聞きつつ、心中私は逡巡していた。
異国異文化の地での生活はさぞ大変なことだろう、とのシンパシーがないわけではないが、ここ日本には日本の、いや人間と人間のスジってもんがある。
私はこれから、そのスジを違える行いの片棒を担ぐわけだ。
普段から世話になっている叔母からの要請とは言え、
承けてしまった自分の軽卒に、今更ながら恥じ入った。
さりとて、ここで帰るわけにも行かぬ。
「そう、これは叔母への義理立てなのだ」と、
苦し紛れの言い訳に、わずかに自分を誤魔化してみる。
・・・なぁんて言いながら、
ソレはソレ、コレはコレ。
夕刻のラッシュ時ながら道は思いのほかスムースに流れ、
予定の時間よりも早く彼女のアパートに到着。
階段脇に置かれたいくつかのダンボール箱を横目に、
2Fの彼女の部屋へ向かう。
「ガイジンか・・・」
未知との遭遇を控え私の気持ちは別のテンションへSHIFT-UP。
聞けば彼女はトウェニーファイヴイヤーズオールドというメリケン娘。
島国ニッポンの海ナシ県で、ダンべぇダンべぇ言うオヤジ共に
囲まれ生きている私。期待と不安で否が応にも鼓動が高まる。
さても気持ちはUNICORNの『車も電話もないけれど(from ヒゲとボイン)』。
嗚呼、先程までの倫理的葛藤はどこへやら。
叔母が部屋のベルを、押す。
頭の中の3秒後未来予想図の中ではライアンやらウィノナやらポートマンが
「Hi! nice to meet you・・!」と碧眼を潤ませながら
オレに微笑みを投げかけている。
さぁ、来るなら来やがれ!オレがユーを、ユーを、その・・・
・・・ヘルプしてやる!
果たして・・・・!
「ハァ〜イ!キッヨォゥミ〜(←叔母の名)、
ィムウェイティンフォユゥ〜!!」

・・・リアルだよなぁ、現実って。
小柄な叔母をミンチしかねない勢いで豪快にハグを交わすロクサーヌ。
英語で二言三言話したあと、叔母はこちらに振り返り、私を彼女に紹介した。
「ロクサン、ヂス イズ カツハル、マイ ネフューヘルプスユゥ」
『ホワッ?カヅハ・・ラ?』
「eem・・・“カ・ツ・ハ・ル”」
『オォウ、カヅハルゥ、ナィストゥミーチュゥ!
andXasDdhieockFxcnasd・・・』
タジロいでしまった日本男児の私。ハグは回避されたが、
差し出された手をとり、シェイクハンドで恭順の意を示・・・
・・・いや、表敬交感。まだサレンダーするわけにはいかぬ。
彼女はまた叔母の方を振り向き、なにやら会話をしている。
どうやら彼女は日本語が全くダメらしい。
加えて明らかなのは、私も英会話なぞ全くダメであることと、
「ガイジンにとって“勝春”は言いにくい」ということだ。
『ウェル、、、カムィン!』
彼女に促され私たちは部屋に入った。
先ずお約束(?)の“土足”で入室することにとてつもない違和感を感じたが、
そんなことより部屋の中に拡がる、予想を遥かに上回る量の荷物を見て唖然。
「これ・・・全部持って行くつもりなのかな?」
「う〜ん、あたしにはクルマに積みきる量にしとくって、
言ってたけど・・・」
しばし呆然と立ちつくす私たちに、キッチンからロクサンのビッグヴォイス。
『キィ〜ヨゥミィ!ティォァカフィ?』
「茶でもコーヒーでもいいけれど、
正直私はアルコールを所望したい気分だよ・・・」
これから藤沢までの果てしない道のりを思い、私は目眩を覚えた。
to be continued...
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