2025/05/14 21:50
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2007/04/04 09:00
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彼の告白には驚いた。 驚いたが、同時に疑問も沸いてきた。 彼が二十歳の頃、何がしかの見た目の変化があっただろうか。人工的なエフェクトがかかったりしていたら絶対気付いたはずだ。 ・・・というか、そもそも当時から気にしていた生え際がどんなだったかというビジュアルイメージがない。 「そうそう。あの頃はさ、オレ、額にバンダナを巻くのを常にしていたから。あのバンダナは別にオシャレで巻いてたわけじゃなかったのよ。隠してたの。恥部を。」あっさりと言った。 そういえばそうだった。やっと思い出した。 (そのバンダナが、抜け毛に拍車をかけていたのではなかろうか・・)聞いていた皆がそう思ったが、口には出さなかった。 そして彼は、「AートNィチャー」という決断をした理由、また「どんなコトをしちゃったのか」を語りだした。 「オレ、その頃さ、上京したばっかで、慣れない東京暮らしのせいでストレスが溜まっちゃったのかなー。冗談抜きで額がどんどん広くなってっちゃってさ。ちょっとコワくなってきちゃったもんだから、正月休みで実家に帰ったときに、オフクロに相談したしたんだわ。」 彼は、もともとは額が狭いほうだったそうだ。環境の変化で額の砂漠化が一気に進行してしまい、見た目の変化に戸惑ってしまったのだ。(ちなみに今現在、彼の前頭部の砂漠化は止まってはいないが、進行は非常に緩やかになっているとのこと。話題の某県知事よりは全然軽症である。その代わり全体の密度が低下してきたそうだ。) 確かに、北の大地に生まれた彼にとって、東京は住みづらい場所だったろう。ストレスが抜け毛を誘発してもおかしくはない。 でも、そういう心配事って大概、本人が気にしているほど深刻ではない場合が多い。彼自身も気にしすぎるのはよくないと思い、母上の「そんな、大したことないわよ。」的な励ましの言葉を期待した。 が。 母上の反応は予想に反したものだった。 「どれどれ」と彼の額の毛を掻き揚げてじっくり生え際を見ると、しばし沈黙の後、 「・・・アンタが、そこまで言うんなら、一度ああいう店に行って相談してみるのもいいかもね。」 しんみりした口調で言われてしまった。 ”そこまで”緊迫した物言いをした覚えは彼にはなかったのだが。 母の態度に、逆に焦る彼。 オレってそんなにヤバかったの? 駄目押しは彼の祖母の「アタシにも見せて。・・まぁぁ、かわいそうに!!」のリアクションだった。 肉親二人に「かわいそうな子」の烙印を押されてしまった。もう彼にそれを跳ね除ける自身も気力もなかった。 そうして彼は、休暇を終えた後、東京にて例の店に一人出向いた。 ドキドキしながら、まずはカウンセリングから。 白衣を着た男性(カウンセラー)が、落ち着いた雰囲気の部屋で、生活習慣や家族的な傾向(お父さんはハゲてますか?おじいさんは?といったようなこと)を聞いてきた。 あらかた聴取が終わったところで、いよいよ本題へ。 彼本人は、額の残っている毛の根元に人工的な毛を2~3本ずつ付け足す、例の増毛法でイケると思っていたので、それをお願いした。 するとカウンセラーは、彼の額を一瞥しこう言った。 「お客様、毛の無い所に施術は出来ません。」 彼は息を呑んだ。 「少ない」とか、「足りない」ではなく、「無い。」 ショックで言葉も出なかった彼。 それもそうだ。 前線地帯で堪えていてくれていると思っていた精鋭たちは既に全滅していたという事実。 そしてはかない希望を、にべもない言葉で一蹴されてしまった。しかもチラ見で。 「無い」彼には選択の余地も無い。そこで勧められたのが、植毛が施された特殊フィルムを地肌に貼り付ける、あの技術。そう、今でこそCMでよく目にするが、15年も前に商品化されていたとは知らなかった。 当然、当時の彼には初耳の手法だ。”そんなんで大丈夫なの?”と、不信感もあったが、それしか方法がないと言われてしまったので、従うのみだった。いや、今になって思えば、宣告のショックで変に舞い上がっていて無抵抗状態だったのかもしれない。 いつかは剥がれてしまう、有期限の手段だったが、彼はそれに夢を託した。かなり高額だったが、電話で母上の同意も得た。 施術の前夜、彼は深酒をした。一緒にいたのは我々だったらしい。 翌日の予定も気にはなっていたが、飲み始めると止まらないのが若人の性。我等もそんな事情は知らないし、彼の失態は周囲の人間に実害が無いため、ガンガン飲みまくった。らしいのだ。正直覚えてない。 当日、彼は出発予定時刻ギリギリに目覚めた。慌てて部屋を飛び出したが、何とか遅刻をせずに済みそうだった。 電車を乗り継ぎ、あの店へ。 店に入るとカウンセラーが彼を待ち受けていた。しきりに彼の額を見ながら、歯科治療用の診察台によく似た椅子に座るよう促した。 どうやらカウンセラーが施術するらしい。 しかしやたらと額を凝視するカウンセラー。”なんだよ!この間はチラ見だけだったくせに!”ムッとしながらも、あまりのいぶかしげな眼差しに多少不安になる彼。「やっぱり無理です」とか言われたらどうしよう。 椅子に座ると、診察台と全く同じように上昇&リクライニング。しかも頭上のライトまで歯医者仕様だ。 感心しながらあたりを見ていると、カウンセラーはためらいながら彼に言った。 「お客様、・・その・・この線まで、ということですか?」 ・・線? なんのことだ? よく意味が分からなかったが、とりあえず「え?あ、・・はい」と返事をした。 そしてふと、点灯していないライトに目をやり、・・・反射板に僅かに映る己の額を見て叫びそうになった。 彼の額には、くっきりと黒い線が描かれていた。 出来の悪いカツラのエッジラインのようなそれを見た瞬間、脳内に湧き上がる昨夜の記憶。 前夜、彼はへべれけになって帰宅した。酔っ払っていても、彼はちゃんと翌日の予定を覚えていた。ベッドに横たわり、「あーあ、明日は早起きしなきゃなー!」わざわざ口に出して言う。 どうも彼は、酔うと独り言が多くなる人らしい。 「はー、とうとう明日だな~。」 明日、オレは生まれ変わる。期限付きだけど。 でも、こんな若さでそういう店の世話になるなんて。 傍らの鏡で額を見てみる。酔った頭は徐々に卑屈な感情で一杯になった。 「まったくよー。オレが悪いんじゃねぇよ。東京がオレの毛を抜いたんだよぉ!オレの毛を返せよ!!」 部屋で一人管を巻く。 ふとテーブルに目をやると、デッサン用鉛筆が。 そしてわざわざ4Bをチョイスすると 「オレだってよぉー、前はこれくらいまで生えてたんだよなぁー!チクショーっ!」 といいながら、額にかつての生え際ラインを描いた。ぐいぐいと。 ご丁寧に、富士ビタイ仕様で。 描くだけ描いて満足した彼は、心地よい眠りについたのだった・・・。 彼の敗因は、寝坊したからといって洗顔もせずに家を飛び出したこと。 わざわざ4Bを選んでしまったこと。 そして、何より、前日に深酒をしたこと。 遅刻せぬよう必死だった彼は、記憶復活の地雷を素通りして目的地まで到着してしまった。 カウンセラーにアルコール綿で額をキュッキュキュッキュと拭かれながら、彼は納得した。 あー、ここに来るまでに何人もの人がオレの顔を二度見していったのは、そういうわけだったんだな・・。 このオッサンもびっくりしただろうな・・。出来上がり線を描いてきた人なんてオレがはじめてだろうな。 彼は無言で恥ずかしさに耐えていたが、動揺が激しすぎたせいか次第に気が遠くなっていったという。 肝心な施術の出来栄えはというと、貼って二日もたたないうちに、猛烈なかゆみと共にカブレを起こし、端のほうからどんどん剥がれていってしまったとのこと。やはり商品化して間もない(多分)手法だっただけに、いろいろ問題点もあったということなのか。彼は赤くただれた額を隠すために、引き続きバンダナ生活を余儀なくされた。 究極に不毛な体験。 とりあえず我々は、黙って全ての話を聞いた。 「毛が無いことぐらい自分で気付けよ!」 とか、 「何十万円も払って実験台かよ!」 とか、 「線を描いて何を満足したの?」 とか、 「アルコール綿でゴシゴシ拭かれたからカブレたんじゃねーの?」 とか、突っ込みどころ満載だったが、熱弁を振るう彼に圧倒されてしまった。 話し終わった彼は、どこか清々しげだった。 記憶を無くすほど酒を飲んだ場合、惨劇が起きるのは概ね酒宴の最中だろう。 だが、彼のエピソードでは、忘れたこと自体が惨劇の始まりなのである。思わぬ落とし穴。 春は出会いの季節。酒の季節。 記憶を奪う酒は魔物だ。記憶を失うかも、と分かっていても、魔物の誘惑にはなかなか勝てない。 でも大丈夫。 たとえ悲しい失態を犯してしまっても、時が経てば話のネタへと昇華する。きっと。 ね、じめちゃん。 おしまい。 PR |


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