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□■ 涙の奇習
2008/01/29 21:16
 体から何かを排出する行為には多少の恥ずかしさがついて回る。下半身関係はもちろん、涙・鼻水・よだれなど、あまり人には見られたくないものが並ぶ。出産・授乳などは母性を基盤とする他の感情が圧倒的に前面に出るだろうからそうでもないかも知れないが、恥がゼロということはないと思う。せいぜい許されるのは額に光る適度な汗くらいだろうか。
 女の子が「憧れのあの人の前でどうしてもサクランボの種を口から出せなくって飲み込んじゃった」なんて頬を染めるのも分からなくはない。
 これは自己分身を後世に像(かたち)として刻むカタルシスを第三者に認識されてしまった場合に対する人類独特の精神防禦投影的回避作用なのだろうかと考えたりするがまとまらないのでタイムリーな節分の話をします。

 検索をかければすぐにいろいろ判明するが、節分に恵方を向いて太巻丸かぶりという奇習は、最近まで関西圏限定のものだったらしい。上京して数年後、コンビニにある恵方巻のチラシに「関西では節分に〜」の文を見て、「あれは全国的な風習ではないのか!」と驚いたのも良い思い出だ。
 つまり海苔業界その他の策略的全国伝播の途中にあり、恵方巻にはそんなに歴史があるわけじゃない。
 思いおこせば、俺も未就学の時分には大声で豆をまき散らかしていた記憶しかない。実家の周辺で太巻が定着し始めたのは、わんぱく盛りの小学生の頃からだ。

 わんぱくだから放課後は毎日のように「いその〜。野球しようぜ!」のノリで野球をしていた。ただ存分にバットを振り回せる広場は少し離れており、自転車で十数分かかる場所にある。そんなところに現地集合は寂しいということで、広場から最も家が遠いAが、Bの家、俺の家、Cの家、と順に回っていき、参加者を集めながら徐々に目的地に近付き、最終的に10人ほどの自転車集団で広場に向かうのが恒例になっていた。
 そしていつもと同様にA、B、俺の3人がCの家に到着すると、Cのお母さんが「これ食べていき」と太巻をすすめてきた。ああ、今日は節分だ。恵方巻だ。
 Bはこの風習を知らなかったようで、多少の戸惑いを見せながらも神妙に説明を聞いて納得していた。そういう俺も実際に食べたのはこのときが初めてだったかも知れない。
 恵方巻を食べるときは作法がある。地方差がありそうだが、うちの近所では「恵方を向き、一本まるごとを口から一度も離すことなく食べきる」流派だった。水分補給などのインターバルがとれないのでそれなりに過酷だが、ある程度のハードルがあった方がイベントは盛り上がるし、達成感もひとしおというものだ。
 C宅玄関にて4人並んで太巻を食べた。わんぱくで食べ盛りだから太巻の一本や二本なんて軽いものだ。
「おばちゃんありがとう」「ごちそうさん」4人でDの家に向かう。
 Dの家でも太巻をすすめられた。節分だ。恵方巻だ。
 D宅玄関にて5人並んで太巻を食べた。わんぱくで食べ盛りだから太巻の一本や二本なんて軽いものだ。
「おばちゃんありがとう」「ごちそうさん」5人でEの家に向かう。

 という流れで、順路最後のKの家に着くまでに俺の腹には5本ほどの太巻が収まっていた。わんぱくで食べ盛りでも限度がある。
 各母親たちは、我々が毎日訪れる時間も人数も把握している。「こういう新興イベントをやったら子供らはきっと喜ぶぞ」の思いで張り切って太巻をこしらえたに違いない。昼下がりの主婦の優しさを無下にするわけにはいかない。
 と今なら考えられるが、当時は太巻をすすめてきたKの母親に「しばくぞ大仏パーマ」と軽く殺意が湧いた。いや、せっかく作ってくれたんだし、寿司は大好きだから食べますよ食べますよ。
 K宅前に数台の自転車が並び、その横で一方向を見つめ鼻息荒く太巻にかぶりつく少年たち。よく分からんが、長回しで撮影して「ラ・ムー 〜恵方の空の下〜」とかタイトルをつければ、フランス映画ができ上がりそうだ。
 すでに飲み物なしの縛りは何の影響もなく、食べるのに時間がかかる。
「なんやぜんぜん減ってへんやんけ」「おまえら遅いのう」すでに食べ終えたFGHらがからかってくる。こいつらは途中からだから余裕はあるだろうが、この予期せぬフードファイトに第1ラウンドから参戦させられているABC俺の4人はたまったもんじゃない。
 せめて口で呼吸をしたいのだが「ああっ! 口から離したら絶対にあかん! あかんねんぞー!」と、もしやってしまえば世界が滅亡するかのように叫ぶアホが見張っていてままならない。
 ついに見知らぬ通行人までもが我々4人を囲んで応援し始めた。
 そもそも恵方巻は「旧暦大晦日にあたるこの日の締めくくりとして来年一年間の健康を願う」のが目的らしいのだが、もう完食すること自体が最大唯一の目的にすり変わっている。誤った方向へとみんなの気持ちが一つになっていた。
 そして多くの声援のなか、全員がなんとか完食することができた。
 わー! エイドリアーン! 歓喜の瞬間だ。
「おばちゃんありがとう」「ごちそうさん」みんなで広場に向かう。

 いつも通り広場に着いたはいいが、ABC俺はもはや1ミリも動きたくないレベルの満腹だ。自転車を降りて座り込んだが最後、立つ気力さえない。しかし野球はやりたい。

 お母さま方。恵方巻とてもおいしかったです。後半はいろいろ麻痺してて前後不覚ですが、不味かった印象はないのでおいしかったのだと思います。すみません。
 吐いた吐いた。恵方に向かってかどうかは不明だが、みんなで仲よく吐いた。そろばん教室の前で並んで吐いた。
 恥ずかしくて情けなくて涙が滲んだ。
「憧れのあの人の前でどうしてもゲロを口から出せなくって飲み込んじゃった」
 とはいかなかった。
 あとのことはよく憶えていない。

 少年時代の甘酸っぱい思い出を話すつもりが、ただの酸っぱい話になっちゃったね。みんなは進むべき方向を見失っちゃだめだよ。
 今年の恵方は南南東です。
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