前回はつらい春の思い出の話だったので、今回はうれしはずかし春の思い出、そう、私が入部した頃の話。


私がムサ美に入学した当初、建築学科の教室では、新入生の間ですでに派閥というかグループみたいなのができていた。
建築学科とはいえ、入試にデッサンがある為、殆どの学生は美術予備校に通っており、その出身予備校ごとによるグループだった。
しかも1浪・2浪が圧倒的に多く、現役はかなり少ない。つまり、1～2年同じ予備校に通っていた仲間達なのだから、そいつらはすでにかなり親しい間柄になっていたのだ。

一方私は、6校受験した大学のうち、デッサンの試験があるのはムサ美だけ、他の5校は全て工学部の建築学科。デッサンは無く、英語・数学・物理とセンター試験（当時は共通一次と言ってましたが）だけ。
・・・なぜムサ美の建築学科は入試に物理が無いのかは未だにナゾだが・・・
そのため、私は美術予備校には通っていなかった。
しかも、どこの大学にも受からなかったら、実家の表具屋（襖・建具・クロスなどの内装仕上げ業）を継がなければならなかったので、なんとしても現役で受からなければならないという事情もあった。

なかなか公園デビューできない新米ママのように、教室では一人ポツンとしていた私。
そんな時、すぐ近くの席の男子学生が二人、私に話しかけてきた。
たしか受講登録のことだったと思うが、内容はよく覚えていない。
ワラにもすがる思いで、彼らとお友達になった。

聞けば、二人共岡山県の出身で同じ高校だったそうだ。
一人は県の寮に住んでいて（以下岡山Ａ）、もう一人は新聞奨学生で、たかの台近辺の新聞屋さんに下宿しているとの事（以下岡山Ｂ）。

ある日、岡山Ａが、その日の放課後にあるサークル説明会に行こうと誘ってきた。
岡山Ｂは新聞配達があるため、サークルには入れないそうだ。

説明会が終わり、一応水泳のサークルに入ろうかなと思いつつ、会場の講義室を出てきた私達に、上級生らしき二人の男女が声をかけてきた。

「ねえねえ君たちぃ～、サークルはもう決まったぁ？」
「いえ、まだはっきりとは決めてないですけど」
「ふ～ん、ところで選択科目の受講登録はもう済んだ？」
「いえ、それもまだですけど」
「じゃぁちょうどいいや！　今あっちで、パーティー用のダンスステップの講習会をやってるんだけど、その後で、選択講座相談会やるから、授業に出席しなくても『優』がとれる講義とか教えてくれるからおいでよ！」
「え～？そこ、どこのサークルなんですか？」
「ダンス部。でも別に入部しなくていいから、楽しいからとにかくおいでよ！」
「いや～、僕ダンスは苦手なんで、いいです。」と私が断りかけると、
岡山Ａが「え～、なんか面白そうやん。一緒に行こうで、鈴木君！」
「いや、僕はいいよ。君一人で行っといでよ。」

こんなセリフの繰り返しを5～6回しているうちに、私達二人はいつの間にか両腕を掴まれながら歩かされていて、気が付くと課外センター2階の会場に連れてこられていた。


そこでは、聞き慣れない音楽が流れ、それに合わせて踊っている男女が数人と、お菓子とジュースの乗ったテーブルでダベっている人達が数人いた。
私はそのダベっている人達の方に加わると、そのうちの一人は同じ建築の1年生だった。

すぐに、明らかに上級生とわかる男の先輩2人が踊りの誘いにくる。
（後にこの2人は5年生だということが判明。上級生とわかるのは当然だ。そのうちの1人は石川さん、もう1人は桜井さんといい、その昨年の東都戦で優勝していたことを後で聞かされ、さらに驚いた。）
「君達もちょっと踊ってみようよ。簡単だし、覚えておいて損はないし。ゆっくり教えてあげるから。」
「いや～僕はいいですよぉ。」
「そう言わずに。やってみると結構楽しいよ！」
「いや～僕はいいですよぉ。」

こんなセリフの繰り返しを5～6回しているうちに、いつの間にか岡山Ａが、最初に声をかけてきたさっきの上級生らしき女の子と踊っている。
「ホンマ結構楽しいで。鈴木君もやってみぃや。」
調子のいいヤツだ。
「しょうがない。じゃぁちょっとだけですよぉ。」
すぐに近くに居た別の上級生らしき女の子と両手を繋がされた。
「ハイ、1.2.3.4、スロースロークイックイック・・・」
やってみると、確かに結構楽しい！しかも相手の女の子もなかなかカワイイ！

2～30分踊っていただろうか、ハッと我に返る。
いかんいかん、このままではダンス部に入部させられてしまいそうだ。

「あの、すいません。もう大分踊ったので、もう帰ります。」
「え～、まだ基本の基本しかやってないよ。これからもっと楽しくなるから！」
「いや～僕はもういいですよぉ。」
すると岡山Ａが、「え～、ホンマ楽しいやん、もう少し居ようで、鈴木君。」
「そうだよ、な、もうちょっとだけ。」と先輩。

またこんなセリフの繰り返しを5～6回しているうちに、
相手の女の子が、なんだかベソをかいて泣き始めているようだ。
「あれ、どうしたの？」と先輩が女の子のところに駆け寄ると、
「なんだ～、鈴木君が踊ってくれないから、嫌われたと思って悲しくなったんだって。ねえ、このままじゃ彼女かわいそうだから、もう少し踊ってあげてよ！」
これはマズイ、女の子を泣かせてしまった。しょうがない、もう少し踊るしかないか・・・

こうして、楽しく踊っているうちに、いつの間にか時間は過ぎ、そろそろ晩御飯を食べに行こう、ということになった。
気が付くと岡山Ａの姿が無かった。
なにやら寮の歓迎会があるとの事で、既に帰ってしまったらしい。
人をあんだけ誘っておいて、全く調子のいいヤツだ。

晩御飯はたしか、フランソワだったように記憶している。
そこで、先程私と踊ってくれていた上級生らしき女の子は、実は新入生だったと聞いて驚いた。しかも、さっき泣いていたのは演技だったと聞いてさらに驚く。
それと、サークル説明会の会場を出た時に、最初に私達に声をかけてきた上級生らしき2人のうち、女の子方も同じ新入生だと聞いて驚く。そしてもう一人の男の方は3年生で、主将の大西さんという人だと聞かされる。

そう、私のダンス部とのファーストコンタクトは大西さんだったのである！

この晩御飯は桜井先輩に奢ってもらい、また明日もステップ講習会にくることを約束させられた。

翌日、奢ってもらった義理があるので、また岡山Ａとステップ講習会に行った。
この日は昨日のカワイイ女の子はいなかった。
だが、昨日はいなかった別の女の先輩が私の相手をしてくれた。
始めは昨日のジルバをおさらいし、後半はワルツを教えてもらう事に。
ジルバとはうって変わって、身体をかなりしっかりとコンタクトさせてこられてしまい、ドキドキしてしまう私。
今まで経験したことのない、このある種の感動と快感。
終わってからも、また明日も来てみようかな、と思ってしまう。

しかし、ここで私の理性が働き、いやこれでは本当にダンス部に入部してしまうことになる、と思い、もう行かないことにした。

2～3日後の昼休み、私と岡山Ａ・Ｂの3人は鷹の台ホールの学食で、座席を探してウロウロしていた。あいにく時期的に満席である。
そこで、ちょうど食べ終わりかけていた桜井さんと石川さんに出会う。
「よう、偶然だね！もう俺達終わるから、ここ座んなよ。」
「あ、ありがとうございます！」
「また今日も来てくれよ！じゃな！」
「あ、いやもう僕は・・・」
断りかけた私の言葉を、聞こえてか聞こえなかったのか、そのまま彼らは人ごみに消えていった。
席を譲ってもらった義理もある。しょうがない、今日もまた行ってみるか。

その日は、またワルツを教えてもらった。
前回よりもかなりうまく踊れた。
先輩達が、すごく上達したと、えらく褒めてくれる。
ちょっと気分が良くなる。
また結局晩御飯まで奢ってもらってしまう。

何日かこれを繰り返すうち、私は「トシ」と呼ばれるようになり、
「トシはうちの部の期待の星なんだから。もうすぐ1年生の競技会があるから、トシもそれに出場するんだよ！もうエントリーしちゃったし。大丈夫、トシなら絶対優勝できるから！」と言われ、ドップリ浸かっていく。
「ステップ講習会」は、いつの間にか「練習会」と名が変わり、和やかだった雰囲気も、体育会系のそれに変わっていた。
いつの間にか岡山Ａは来なくなっていた。
最終的に、新入部員は、男が私含め3人、女15人（理工戦まで残ったのは8～9人だったかな）。
最初のステップ講習会で私と踊ってくれて、ウソ泣きまでしたカワイイ女の子も、いつの間にか辞めていた。

この頃になって、実はこの部は非常に部員が少なく、存続の危機だったことを知らされる。
新歓の時、私達の相手をしてくれた、上級生だと思っていた女の子達が、実は新入生だったというのも、このまま男の新入生が入部してこないと、自分達も試合に出られないという危機感があったからなのだ。

その当時の本当の上級生は、
4年生：女1人＝ユキさん（当時大西さんのＰ）
3年生：男2人＝大西さん、大川さん
　　 女1人＝ナオさん（専攻科・すでに学連引退）
2年生：0！

始めから知っていたら、寂しくてつまらなそう・・・と敬遠していたかもしれない。
ステップ講習会で大勢いた上級生は、辞めた2・3年生達がお手伝いにきてくれていただけだったのだ。
（この辞めた先輩達は、新入生の女の子を全員エントリーさせるため、理工戦までお手伝い期間を延長することになったが）

途中、何度か、思うようにホールドとポイズが保てず、つまらなくなって辞めてしまおうと思ったときもあった。
そんな時、（まだ理工戦前だというのに）とある先輩がサンバを教えてくれた。楽しかった。
そしてまたある時は、
「でも昨日より全然うまくなってるよ。大丈夫、この時期でこれなら余裕で優勝できるよ！」
と励ましてくれた。


その後、私は期待されていたにも関わらず、理工戦では3次予選まで。
とても悔しかった。
ちなみに大西さんはラテンＡＬＬ1位！モダンも総合2位！すげぇ～。
Ｊｒでは3カップルエントリーしたうち、私より練習量の少ない、同じ建築の同級生：コージだけが賞状をもらった。
余計に悔しくなった。
彼は、これで
「俺はもうすっかりダンスは極めたから、もうダンス部は辞めます」
と言って部を去ってしまった。その後彼はムサ美も去ってしまうのだが。
ついでに言うと、その後、岡山Ａも出席不足等で退学処分となる。

夏合宿後の松前杯やモダ新、ツバメ杯など、ことごとく予選落ち。
何度ダンス部を辞めようと思ったことか。

その都度、先輩達（引退した人も含め）は、
「大丈夫、トシにはサンバがあるじゃないか！」
などと励まし続けてくれた。

私が、ようやく初めて、予選より上に行けたのは、
1年の最期、千葉大の合同春合宿の最終日コンペ。
おかげさまでサンバで優勝。
その頃には、すっかりダンスの魅力にとり憑かれていて、もう辞めようという気持ちは無くなっていたのだが、よりハマっていく大きな要因になった。


卒業するまでダンスが続けられ、充実した学生生活が送れたのも、こうしてまうまうの皆さんとも知り合う事ができたのも、必然であり、運命だったのだと思います。

がしかし、この根性無しの私を、半分ダマしながらも、いつの間にかダンス部に引き込み、無理矢理にでもホメ上げ、一生懸命ダンスの楽しさを伝えてくれて、励まし続けてくれた先輩達のおかげである事も大きいと思います。

20年以上も前の話ですが、今さらながら先輩達には本当に感謝しております。


ついでに、ちょっと遅いかもですが、これらの私の経験から言える、新歓のキーワードは

「いつの間にか」と「ホメ上げ」

です。ご参考になるかどうかですが・・・