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□■ 闇の視線
2007/03/09 00:36
 あの夏に──
  何もかもが、ざらついていて、
 熱くて、痛い、あの夏に
  君を連れていく──



‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

  1

 待ち合わせに遅れる。
 誰かを一時間待たせると、余命を一時間奪うことになる。小さな殺人だ。
 祭りに集まってくる人たちを眺めながら、荒んだことを考えていた。
 氏神が祀られているこの神社に、初詣のときしか訪れなくなって久しい。夏祭りも数年ぶりだ。
 疲れるまで駆け回り、虫を追い、泥だらけになるのが仕事だった幼い時分は、毎日といっていいほど遊びに来ていた。明日もここに来る。明後日も、その次の日も来る。永遠に続くものだと信じていた。
 あの頃見上げた鳥居はとても高く、大きかった。
 背にしている鳥居は名前こそ大鳥居と呼ばれているが、高校生となった今ではそんなに大きく感じない。甘酸っぱい思いを噛みながら、薄暮にそびえる朱色の柱にもたれ掛かった。
 人の流れも徐々に増えてきている。知った顔もいくつか通り過ぎた。誰が見ても待ちぼうけを食らっているのは明らかだろう。
 力なく時計に目を落とした。もう三十分近く殺されている。
「ごめん。待った?」
 歯切れの良い声に頭を起こすと、浴衣姿の美羽がいた。

 妙な例えだが、美羽を見るたびに作りたての揚げ物を思う。
 天ぷらかフライか、中身が何なのかはわからない。油切りは済んでいるが、十分に温かい。天ぷらなら、噛むと衣が弾ける鋭い音がする。フライなら、肌をこすれば引っ掻き傷ができそうな状態。
 物心ついた頃から印象は変わっていない。我ながら突飛で馬鹿げているので、本人には伝えていない。
 美羽は簡単に言えば幼馴染み、同じ時期に高くて大きな鳥居を共有した仲間だ。歳も一緒で、家が近いこともあり、この神社に通う以前からはじまり、小、中と兄妹のように歩んできた。
 離れた高校に進学が決まった。宙ぶらりんの春休みを通過すると、お互い新しいすごろくの振り出しからになり、自然と疎遠になった。時折顔を合わせれば声をかけるくらいのことはする。もはやそれだけの関係だ。
 先週たまたま近所の本屋で会ったときもそうだ。ただ、夏休みで時間があり、いつもは挨拶で終わるのがちょっとした立ち話になった。
 近況を尋ね合い、中学時代の仲間たちの情報を交換し、間近に迫った夏祭りの話題にいつしか移っていた。小さい頃はよく一緒に行った。屋台の綿飴が好きだ。今年も花火は盛り上がるかな。次々並べられる毒にも薬にもならない言葉が少し寂しかった。
「久しぶりに行ってみないか」
 話の流れで何の気なしに誘ってみた。断られたところで、特に後ろ向きの感情は持たなかっただろう。
「行こうか。いつにする?」
 からりと揚がった笑顔があった。

 大胆に遅れた登場にもかかわらず、美羽はそのときと変わらない見事な揚がりっぷりだ。蛍の絵が入ったうちわで顔をゆるゆると扇ぎながら、悪びれるそぶりもない。
「走ろうかと思ったんだけど、あんまり汗かきたくないし、この下駄に慣れてなくて」
 足元に触れようと屈んだ彼女の襟首が目に飛び込んできた。髪を後ろでざっくり束ね上げ、むき出しになったうなじが藍の布地に映えている。
 余命だの殺人だの、乾いたことを巡らせていた頭が涼しく潤った。
「民族衣装か。新鮮だな。高そうな生地だし、帯の色もいい」
「なにさ。褒めるんだったら、ガワじゃなくて中身でしょうが」
 やっとのことで絞り出した言葉に、美羽は歯を見せながら、うちわで喉を突いてきた。
 結局、三十分の余命を奪われたことになるが、たっぷりお釣りがくる。
 それくらい今日の美羽はきれいだった。

─────────────────
※ おわび ※
 すいません。3000文字をメドに書いていたんですが、何を間違ったのか2万文字近くいってしまい、数回に刻むような内容でもないし推敲する時間もないので端折ります。
▼ダイジェスト
2.夜店で昔のヒーローもののお面を発見し、幼い頃一緒に遊んだ思い出の再確認。
3.金魚すくいでダイナミックに腕まくりする美羽に(自身は自覚なしの様子)、ドギマギする主人公。
4.しょぼいお化け屋敷で恐怖を共有。距離が急接近。両者何やらモヤモヤ意識し始める感じ。
5.花火大会開始。見物人が大勢いてじっくり見ることができない。小さい頃に隠れ家にしていた秘密の茂みの中に行く(この時点では打算なしの主人公からの純粋な提案)。
6.「わあ。すごい。きれい」。主人公限界突破、「美羽の方がきれいだ!」無理矢理ブチュー。

 6節末より再開↓
─────────────────

「きゃ!」
 悲鳴とともに両手で突っぱねられた。
 体勢を立て直す間もなく左の頬に鋭い痛みが走った。平手打ちなのか、鉄拳制裁なのかはわからない。頭の芯がぐらりと揺れ、唇の余韻など吹き飛んだ。
 よろけながらも、なんとか倒れないよう踏ん張った。しかし、一人よがりの鋳型で作ったシナリオの方はあっけなく崩れた。


  7

 もう花火は終わってしまったのか、この茂みにあるのは暗闇と自責の念だけだ。美羽は元いた場に留まったままのようだが、表情までは見えない。
 静かだ。辺りで鳴いている虫の声と自分の息づかいが必要以上に聞こえる。
「美羽」
 鼓動が落ち着くのを待って、小さく呼んでみた。
 反応はない。意思表示としての沈黙だとすれば、重い攻撃だ。
「美羽」
 もう一度呼ぶと、小休止だった花火が派手に再開した。
 闇の中、色とりどりの光で美羽の輪郭が浮かび上がった。両手で握ったうちわで鼻から下を隠し、目だけを大きく開いている。肩がすくみ上がり、元々細身の体がことさら華奢に見える。
「急に……」
 花火の音に消されがちな声が聞こえた。
「突然だから、ビックリし……」
 言葉途中で弾かれたように美羽が寄ってきた。また殴られるのを覚悟して身構えたが、様子が違う。
 鼻先まで迫った美羽がまじまじと顔を見つめてくる。腹が読めない。
 彼女の目の中で数発の花火が踊った。
「やっぱり。血が出てる」
 眩しいものを見る表情で美羽がつぶやいた。
 その視線の先、痺れて熱を持っている左頬に手をやった。この暗がりでも、指先の濃い色がぼんやり確認できる。ただ出血と騒ぐほどではなく、かすかに滲み出ているだけだ。
 さっきの強烈な一撃は、平手でも拳でもない。爪だ。
 美羽は花火を頼りに、自分がつけてしまった傷を確かめていたようだ。
 やはりこの娘は揚げ物。揚げたての固い衣に引っ掻かれた。
 少しおかしくなって、鼻で笑ってしまった。
「笑うところじゃないでしょ」
 目を潤ませながら、口元を力強く結んでいる。しばらくぶりに見る美羽の泣く直前の顔だ。下唇を突き出す癖も幼い頃と変わらない。
「あんな突然……わたし、初めてだったん……」
 後半は言葉になっていなかった。
「ごめん。悪かった」
 うつ向いて泣きじゃくる美羽の肩を両手で抱いた。
 放っておくと一人でいつまでも泣いているが、構ってやるとすぐに泣き止む。そういうところも変わっていないことを花火に祈った。

 美羽が落ち着きを取り戻す頃になって、頬がじりじり痛みだした。
「本当にごめん」
 自分の浅はかさが爪痕に染み、改めて心から謝った。
「いいよ。気にしないで。急なことで驚いただけだから」
 それが傷に粗塩を擦り込む行為と知ってか知らずか、腫れた目で微笑む美羽がいじらしかった。
 完全に負けだ。
 自然と二人並んで空を見上げる体勢に戻っていた。
 どうやらクライマックスが近いらしく、花火の勢いが徐々に増してきた。河原の見物人たちの歓声がここまで聞こえる。
「わあ。すごいね」
 美羽もすっかり明るさを取り戻している。強い娘だ。
 夏の終わりを告げる夜空の演舞に心を奪われていると、不意に美羽が手をつないできた。凄まじい花火のおかげで、はにかむ顔が桃色に染まっているのがはっきりとわかる。
「だから、そう、いきなりじゃなくてさ……」
 一層の盛り上がりを見せる花火をよそに、美羽が体をこちらに向けた。
「ちゃんと段階を踏んで……」
 少し背伸びをし、目を閉じ、何かをせがむように唇を小さく尖らせている。
 とてもきれいだ。
 美羽は揚げ物。慎重に扱わないと衣がぼろぼろ剥がれていく、作りたてのデリケートな揚げ物。
 優しく、優しく……。


  8

 酔った勢いで何人かに話したことがあるかと思いますが、上記のようなベッタベタな状況にたまたま立ちションしに入った茂みの中で遭遇するのが俺の長年の夢です。この後ちゃんと段階を踏んで「結べないから帯はダメー!」あたりまでいくのが理想です。
 もちろん物音ひとつたてずに暗闇から事のなりゆきを見届けます。
 優しく、優しく……。
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CATEGORY [ 豊田しんけい ] COMMENT [ 13 ]TRACKBACK [ ]
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コメント
これはしんけいさんの書いた小説ですか??
す、すげぇ.....。
...ちゃんと読みたい!と思いました。

しっかし、ナイスな落とし方ですね。(笑)
でも、遭遇したいというそのベッタベタな話を、こんなに綺麗に書けるなんて、素晴らしいです!!
【2007/03/09 01:20
WEBLINK [ URL ] NAME [ じめ #99c55ef35f ] EDIT
実にいい!
とても甘くって、酸っぱくって、ベッタベッタな、コタツの中に落ちてたサクマのいちごみるくみたいで、実にいい!
ただ問題なのは、物音ひとつたてずに立ちションができるかどうかですな。。。
【2007/03/09 01:44
WEBLINK [ ] NAME [ トシ #991eb62e20 ] EDIT
しんけいさんて、どこまで才能あるのでしょうか?
いっそデビューしてほしいです。
学校にいた頃から知っていたつもりでしたが
まうログで凄さを再確認しています。
ネタが幾らでも溢れ出る感じがすごいですね。
【2007/03/09 04:09
WEBLINK [ ] NAME [ ミナ #990bed2676 ] EDIT
しんけいくん、こんにちは!

とっても洗練された面白い文章と思いました。

今回の”闇の視線”読んだあと実は、しんけいくんのまうログ全部あらためて読み直しました。

なんか文章がするする〜って流れいくのと独自の視点や例えも面白い!

たぶん、文章書くの好きでしょ?それで次から次から文章が浮かんでくるタイプと見た!

”闇の視線”2〜6もすでに書いたの?ぜひ推敲して完成させてね。

小説版のitunesみたいなのが出来て、1部200円でダウンロードされるかもしれないよ。(笑)今のうちに準備準備。
【2007/03/09 17:07
WEBLINK [ ] NAME [ カワイ。 #9b1d3fd76b ] EDIT
赤い実はじけました。
物語に引き込まれて最後まで一気に読みました。すがすがしい感動をありがとうございます。
【2007/03/09 17:25
WEBLINK [ ] NAME [ 雅寿 #990ea13e92 ] EDIT
しんけいさんによるベタ恋愛モノ究極形、しかと読ませていただきました。
ひーひー笑いながら読んだ私はきっとヒネクレ者なのだと思います。

さんざん盛り上げておいていきなりダイジェストにしちゃうところなんか、強烈にサディスティックでたまりません。
という受け止め方をする私は変態なのでしょうか。

夢はかなうかもしれません。その時は思いっきりネットリとした視線を送ってあげてください。
【2007/03/09 17:54
WEBLINK [ ] NAME [ みのり #57551c341d ] EDIT
私の10代そのものです!!
王子様が迎えに来ると信じている私には、かなり響きました!!
こーゆーラブラブなのしたーいっ!!!!
【2007/03/10 00:46
WEBLINK [ ] NAME [ 子豚 #990efbc89b ] EDIT
>>じめ
そう、これは俺の妄想劇場……。ちゅうかこのベッタベタ話、じめにはしてなかったっけ? じめに話したのいうのがすでに俺の妄想なのか? まあいいや。
こういう夢落ちみたいな構成は反則技なんだけど、大好きなんだ。「卑怯者!」と罵られると、この上ないエクスタシーを感じるんだ。
ちなみに美羽はまもなく誕生日を迎える姪っ子の名前です。
美羽ちゃん、この文章はおっちゃんからの迷惑なプレゼントだ。ハピバスデー!

>>トシさん
膀胱破裂しても我慢ですよ! 久し振りの大先輩に対して第一声が「膀胱破裂」ってのも失礼な話ですよね。ご無沙汰しております……。
甘いでしょう。書いてる間ずっと首筋がかゆくてかゆくてたまらなかったです。終盤に近付くにつれてヘソ周り、尻と、かゆかゆゾーンが広がっていき、たまに「キーッ!」と自然に声が出たりしました。クリスピークリームのかわりに胸やけしていただければ幸いです。

>>ミナちゃん
「CDTVをごらんのみなさんこんばんは。デビューシングル『闇の視線』聞いてください」
憧れるねぇ。そんな感じで基本的に俺は今でもあの頃の学生気分をひきずっております。
確かに元ネタはいくらでもあるんだけど、使えそうなのを選んで練り込むのが苦しくて楽しい作業なんだな。このへんだけは学生じゃなく職人気分なんだ。

>>カワイさん
おひさしぶりです。仕事で文章を扱うことはとても多いので、ある意味プロと言えるかもしれません。完全に裏方ですが。
途中省いた部分は読み返すと熱が出そうなので公開は勘弁してください。
かゆいのを我慢してじっくり見ると、7節で「落ち着く」「取り戻す」の表現が複数回使われてたり、素直に一人称代名詞を使えばいいのに使わないから視点の自由度が低かったりで、文章としては再考の余地ありありですね(このへんが無駄にプロっぽいでしょ)。

>>雅寿くん
赤い実をはじけてくれてありがとう。「すがすがしい」ってのはただれて糸を引いている最終節を除いた感想だと勝手に解釈します。壮大なネタフリで感動されて複雑な心境。

>>みのり
いや、みのりの読み方が正しいと思うのだよ俺的には。ダイジェストも悩んだところなんだな。全部載せると明らかに長すぎるし、何回かに分けると「こいつマジや」と誤解されるだろうし。あれは「みなさん、忘れないで。これ書いてるのは俺だぜ」というサディストなりの優しさなのさ。

>>子豚
>>私の10代そのものです!!
嘘だと言ってくれ……。イメージが狂う。
俺の中での子豚のイメージは、
 「久しぶりに行ってみないか」
 「やだー。うーれーしーいー」(不機嫌顔)
こんな感じ。
【2007/03/10 01:00
WEBLINK [ ] NAME [ しんけい #9a732f5113 ] EDIT
優しく、優しく……。

この韻は大好きな手法です。
気がついたら、茂みの中の視点で読んでいました。
【2007/03/10 02:25
WEBLINK [ ] NAME [ 夢導 #99d0474ded ] EDIT
私も子豚の仲間かもしれません><
こんな妄想ばかりしていた中高の時代、今じゃ汚れちゃったなーと。

お祭りとかあるとそういうことしてる人いないかなと思って、
探してみるんですけど
全然いないんですよねーチッ
あーひっそり見てみたい。
欲求不満ですかね?
【2007/03/10 17:50
WEBLINK [ ] NAME [ マヨ #98fee35d4a ] EDIT
表紙、講談社って感じですね。
全てを物語る1コマ。素晴らしいです。
揚げ物の表現、どこの誰もしません!来週からタンゴを教えるとき使ってみます。
【2007/03/10 20:49
WEBLINK [ ] NAME [ jun #8de8c696a0 ] EDIT
やっぱりね〜。マルチ作家”しんけい”くん、次回もたのしみにしてま〜す。
【2007/03/11 17:31
WEBLINK [ ] NAME [ カワイ。 #288a0b6e2d ] EDIT
>>夢導くん
サンキュウ。でも詩的表現はほどほどにしないと後ではねかえってくる恥ずかしさが並じゃない。数日経った今となってはもう自分じゃ怖くて読めないぜ!

>>マヨ
俺も常時欲求不満さ。欲求不満がこういう妄想の原動力になるんだ。男は常に何かに飢えているくらいが丁度いいんだ。

>>じゅん
揚げ物表現は「朝からこのステップかよってくらいもっとギトギトに!」っちゅう感じでどんどん使っておくれ。

>>カワイさん
現時点では次回のことは白紙ですが、ちと忙しげなので手抜き気味になるかと思います。期待せずにお待ちください。
【2007/03/12 23:30
WEBLINK [ ] NAME [ しんけい #9a732f5113 ] EDIT
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