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□■ 鴬の嗜虐
2007/09/13 00:26
番外編「うぐいす」

  1

 生贄になってしまった。
 入学試験のとき、二年の各クラスから数名の補助要員を出すことになっている。毎年恒例のそれに選ばれたのだ。
 隠れてやっている友人もいるが、我が女子高はアルバイトが禁止されている。そんな学校がバイト代を出してくれるとあり、正直、少し興味はあった。
 しかし、その生々しい報酬額を聞き、クラス全員による悲鳴の大合唱がおこった。拘束時間を考えれば、時給分で学食最安値のかけうどんも食べられない。話によると、もう三十年以上前から一円も上がっていないらしい。
 伝統的というか保守的というか、校則もバイト代も融通のきかない学校だ。補助要員が「生贄」と親しまれているのも納得できた。
 教室に渦巻くブーイングの嵐のなか、わたしは学校から家が近いという理由で候補に祭り上げられた。
 確かにわたしの家はクラスで一番近い。自転車をのろのろ漕げばそれなりにかかるが、「信号無視かつ車道全速力で五分強」というペースはすっかり体に染み込んでいる。はるばる県境を跨いで通学している同級生たちからすれば、ちょっとしたタイムスリップだろう。
「頼む。この組からどうしても三人出さないといけないんだ」
 兄貴分的存在の担任が、拝みながら頭を下げてきた。いつもは山のように見える体がすっかり縮こまっている。当日の昼に学食でおごってもらうのを条件に、わたしを含めた近所の三名が渋々引き受けることになった。

 入試前日の授業は午前で終わり、昼過ぎには生贄の乙女たちが大教室に集められた。盛り上がりに欠けるくじ引きの結果、わたしは何の因縁か担任と組むことになり、割り振られた教室へと二人で準備に向かった。
 準備といっても大したことはない。ドアに教室番号が書かれた紙を貼る。黒板をきれいに消し、明日のタイムテーブルを書く。いたずら書きなどはないか、中は空になっているかを確かめながら、机に受験番号のラベルを貼っていく。
「今年、受ける人数が多くないですか?」
 ラベルの予想外の強い粘着力に手こずりながら、担任に話しかけた。
「そうなんだよ。くじ引きのとき見ただろ。大教室や音楽室、視聴覚室、講堂まで試験会場になってる。講堂なんてめちゃくちゃ寒いぞ。かわいそうに」
 少し離れた席で作業する彼は、ラベルを手のひらで押さえ付けながら答えた。二人しかいないのだからもう少しボリュームを落とせばよさそうなものだが、授業と変わらない野太い声だ。
「他の学校とうまい具合に日程がずれてしまって、とにかく今年は記録的な競争率らしい」
「そりゃ大変だ」
 適当に話を合わせたが、基本的には他人事だ。知ったこっちゃない。
 最後、床を軽く掃いて前日準備はおしまいだ。
「今日のところは以上。ごくろうさん。ところで、試験監督ってやったことあるか?」
「いや、ないですよ」
 わかっていて尋ねているのだろう彼に、細かく首を揺らしながら答えた。
「そうか。今晩、夜更かしは控えておけ。受験生たちが問題と戦っている間、俺らは眠気との戦いになる」
 意地悪そうな笑みを浮かべ、担任がアドバイスをくれた。

 当日は余裕をもって家を出た。いつもの五分強ペースではなく、交通法規遵守で鼻唄混じりだ。空気はいつも通り容赦なく冷たいが、ゆっくり流れる景色が新鮮に思える。
 それに手ぶらの登校は経験がない。軽いハンドルに気持ちのいい違和感があった。
 試験開始までまだまだ時間があるにもかかわらず、正門付近は見たことのない種類の熱気に包まれていた。受験生や付き添いなどの団体が、そんなに幅のない歩道にまで溢れてたむろしている。路上駐車もかなり遠くまで伸びている。たこ焼きの屋台でも出せば今回のバイト代より稼げるはずだ。
 いつも交代で受付に座っている守衛のおじさんたちが、三人とも門の前に出て人の整理に懸命だ。あんなに動く彼らを初めて見た。競争の激しさを肌で感じながら、自転車のベルをチリチリ鳴らし、人を分けて校内に入った。
 簡単なミーティングのあと、試験監督である担任と教室に向かった。
 扉を開けた瞬間、いくつもの鋭い視線がわたしたち二人に突き刺さってきた。無駄話をする生徒なんて一人もいない。普段では考えられないほど静かな異空間となった教室に、注意事項を説明する担任の声だけが響く。
 彼の傍に立っているだけのわたしにも、様々な制服からの眼差しが遠慮なく絡んでくる。とても相手にしていられない。呆けて宙を眺め、やり過ごした。
 不意にチャイムが鳴り、空気が一層張り詰めたのが感じ取れた。
「これは予鈴です」
 担任も緊張しているのか、「予鈴」がヨーデル気味にひっくり返った。いつもの授業なら間違いなく起爆剤だ。必要以上に咳払いする彼と、白けている受験生たちの温度差に、わたしだけが歯を食いしばって吹き出すのをこらえた。

 問題を配ったり答案を集めたり、というのがわたしの主な仕事となる。ただ、時間のほとんどは教室の後ろに座っているだけだ。
 試験が始まると、わたしは比較的陽当たりのいい廊下側に椅子を据えた。
 挙動不審な受験生がいたら注意するよう伝えられていたので、眉間に人さし指をあてて『誰か壊れろ! 奇声を発しながらピョンピョン飛び跳ねろ!』と邪念を発信してみたが、そんなユーモアたっぷりのアクシデントは起こりそうもない。
 一度だけ机の間を縫って見回ってみた。誰も遊び相手になってくれない。さっきの仕返しとばかりに目も合わせてくれない。
 暇だ。みんなが奏でる単調な鉛筆のリズムに誘われ、座って数分で睡魔の登場となった。担任の粘っこい笑顔が半開きの瞼に浮かぶ。
 椅子を抱えてそろそろと窓際に移った。多少は寒くて目が覚めそうだし、外を見て気を紛らわせるのも悪くない。
 この教室からは正門付近が一望できる。朝はあれだけごみごみしていたが、今は門も閉められ、誰もいない。たこ焼きの屋台を出すやつは頭がおかしい。
 通用門横の受付で、今朝大声を張り上げていた守衛二号——わたしたちが勝手にそう呼んでいるだけだが——のおじさんが豪快にあくびしている。年配でリーダー格の一号と小柄で愛想のいい三号の姿はない。
 ちらと教壇に目をやると、担任は何やら文庫本を読んでいる。自分だけしっかり暇つぶしを用意している彼を睨みつけながら、わたしは二号に感染された大あくびを無音で放った。
 この時期特有の灰色の光のなか、受付横の梅の木だけが少しやる気を見せている。
 その一本以外は桜の木だ。新学期になれば、それはそれは見事な桜並木になるのだが、今は冬枯れのザル状態にすぎない。
 退屈しのぎにもならない眠い景色だ。

 試験が終了した。結論から言えば、担任の野太いヨーデルが最大唯一のイベントだった。永遠とも思える生ぬるい時間を何とか寝ずに耐え抜いた。
「じゃあ、後はよろしく」
 これから採点や集計が待っているのだろう、最後の答案をまとめると担任は足早に出ていってしまった。
 すでに受験生たちも退室し、一人教室に残されたわたしは、机に貼られたラベルをはがす作業にかかった。
 昨日の時点で嫌な予感はしていたが、このラベルの粘着力は曲者だった。思いのほかはがれにくい。とりわけ担任が作業をした机は、手を抜くことなく念入りに押し付けてある。爪できっかけを作るのもままならない。
「あの男め。あーっ! イライラする!」
 文句を吐きながら勢いよくはぎ取ると、机が揺れて微かに金属音がした。中を覗くと、古そうな男物の腕時計があった。忘れ物だ。
 あとで職員室に届けようと、その机にあった『0794』のラベルを革のベルトに貼り付け、上着のポケットにしまった。
 中途半端な前屈みが続いたおかげで、すべてをはがし終える頃にはすっかり腰がだるくなっていた。日頃の運動不足を呪いながら、痺れる背中を楽にしようと前屈をした。どこの骨かはわからないが、小枝を折るような音がする。
「歳はとりたくないねえ」
 腰を両手で支え、上半身を後ろに反らせた。声にならないうめきが自然と喉から漏れた。多少楽になったような気もするが、決め手に欠ける。
 特にスポーツなどはしていなかったが、体の柔らかさには自信があった。中学生の頃は立った状態から一瞬でブリッジの体勢になり、よく同級生たちを驚かせたものだ。
 今でもできるだろうか。
「ひゃーっ!」
 気合の雄叫びとともに、その場で勢いよく後ろに反り返った。
 もちろん、わたし一人しかいないことが前提の特殊行為だったが、なぜか入口に立っている女の子と目が合ってしまった。わたしの体勢が体勢なだけに、彼女の姿は上下逆に見える。
 奇声を発し、突如ブリッジする女。わたし自身が変態イベントの主役になった。

 眼鏡に陽が反射してよく見えないが、目を白黒させているのだろう。固まる彼女に、ブリッジのまま話しかけた。
「泣くようぐいす平安京?」
「はい?」
 時計にラベルを貼るときになんとなく連想した年号が、絞り出すような声とともに出てしまった。素頓狂な返事も無理はない。
「794番の子?」
「あ、はい」
「ちょっと待ってね」
 ゆっくり膝を曲げ、腰を落とした。だるさは引いたものの背骨に鈍い痛みが残る。
「いたたたた……。やらなきゃよかった」
 スカートの尻をはたきながら立ち上がると、地味な顔立ちの女の子がきょとんとしていた。何の変哲もない眼鏡をかけていたが、首から上全体で見れば、その銀縁眼鏡は華美な装飾品に思える。
「あの、今のは……」
「気にしない気にしない。ちょっとしたリフレッシュ。それより」ポケットを探り、時計を出して見せた。「これでしょ」
「あ、そうです。よかった」
 わたしの大技を前にしながら無反応だった表情が、やっとほぐれてくれた。
「これが悪いんだよ。これが」
「え?」
「さっきブリッジしてたのは、こいつのせいなんだよ」
 ベルトの『0794』を指差しながら、うろたえる彼女の鼻先に突き出した。
「時計のせいですか?」
 上目遣いでずり落ちそうな眼鏡を指先で支え、素朴な瞳が申し訳なさそうに尋ねてくる。はがれにくいラベルのことを言ったつもりが、誤解を与えた。
「あー、時計じゃないよ。その点は安心して。それにしても年期の入った時計だね。レトロっていうの? アンティークってやつ? ビンテージ物? 渋いねえ」説明するのが面倒で、ガラクタ一歩手前の腕時計を眺め回し、早口でまくしたてた。「歴史の重み、気品が感じられるよ。出すところに出せば高く売れそうだ。お父さんか誰かの?」
「はい。今朝、門のところまで来て、時計を忘れたのに気付いたんです。あわてて父さんに借りました」
「美しい話だ」
 この平日に付き添いに来てくれるとは、娘を病的に溺愛しているか、果てしなく暇な父親なのだろう。ベルトのラベルをはがしながら、うんうんと頷いた。
「若いときにお金をためて買った大事な物らしくて、ちょっと渋ってたんですけどね」
「そんな思い出の品だったのか。ねこばばしないでよかっ……なーっ!」
 加減を知らないラベルの粘着力のせいで、革が醜くはがれてしまった。艶のある黒い表面がめくれ上がり、毛羽立った内層があらわになっている。マジックで塗りつぶしてお茶を濁せるレベルではない。素人目に見ても修復不可能な傷だ。
 ちょっといいこぼれ話を聞いた直後だけに、気まずい。
「ご、ごめん。どうしよう」
「大丈夫と思いますよ。ベルトは何度か換えてるみたいだし。気にしないでください」
 けろりと答える彼女にまったく緊張感はない。
「ほんと? お父さんに謝っといてね」
「元はといえば時計を忘れたわたしが悪いんです。わたしがやったことにしておきますよ。ご心配なく」
「うぐいす。あんたいい子だ。受かってるといいね。明日くらいまではわたしも祈っててあげるよ」
「うぐいすって……」
 即興のあだ名に複雑な表情を浮かべつつ、彼女は時計を受け取った。
 時期尚早のうぐいすが、頭をぺこりと下げて去っていった。

─────────────────

 すみません、ここ数日いろいろあってネタを練る時間がありませんでした。
 穴をあけるわけにはいかない。とにかく埋めなければと悩み、「基準点(仮)」本編付随の番外編冒頭部のみ発表の運びとなりました。
 一切説明しないし、続きも披露しません。
 ああ、ゾクゾクするわ……。
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コメント
続きが読みたぁ〜〜〜いい!!!

先を披露しないってのがオチなんて勘弁してくださいって〜(>_<)

まうログじゃなくてもいいですからぁ。
お、お願いしますよぉ....。
【2007/09/13 01:40
WEBLINK [ ] NAME [ じめ #56a1689a61 ] EDIT
すべて読み終えて、怪物化した昆虫のようなうめき声を上げてしまいました。

コレはプレイなのですか?プレイなのですね?

【2007/09/13 23:36
WEBLINK [ ] NAME [ みのり #57551f8076 ] EDIT
>>じめ
そのうちね。
とにかく推敲がぜんぜん進まない。まだ80万文字くらいあって、我ながらうんざりだ。

>>みのり
斬新なプレイでごめんね。
何年かかるかわからんけど。うめき声を上げないようなのをいずれ公表するよ。
【2007/10/06 01:44
WEBLINK [ ] NAME [ しんけい #92d8c9443a ] EDIT
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