2025/07/04 19:18
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2008/11/05 01:23
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「私の好きな世界観」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ まうログもちょっと息切れ気味の今日この頃・・・。 しかし時代は気味悪いぐらいに大きく動いております。 世界的金融危機・・・。 初の黒人アメリカ大統領。 そしてあの小室哲也が逮捕・・・・。 これから世の中はどうなってゆくのでしょうか? でも、そんな中、ムサビの芸祭は、変わらずおバカな活気に溢れていて、 何だか一安心…。 そんな気分の中、 ちょっとゆったり まったりしたテンションで、また自己満の文でも書いてみようかな…。と思う。 僕の好きな世界は、いわゆる「剣と魔法の世界」 子供の頃からの、ゲームの影響は大きい。 やりこんだゲームは、ドラクエシリーズ、ファイナルファンタジーシリーズ、ウィザードリィシリーズ、等など。。。 やった事がない人の方が少ないかもしれない。 これらの世界の中では、主人公はごく当たり前のように「剣」で「怪物」をぶっ倒し、また当たり前のように「魔法」を使える。 現実とはかけ離れたこの世界観に僕はどれくらい多くの時間、身を浸したことか…。 これは単なる現実逃避行動でしか無いのか? 女性陣の多くは、「そうだよ。」 と、冷たく言い放つであろうが、僕は そうは思わない。 何故か? それは、この世界観のおおもとになっている物語の数々を読めば良く解かる。 ファンタジーの傑作と呼ばれているものは世にたくさんあるが、 この作品ほど優れた作品は、多分ないと思う。 あの有名な、「ロードオブザリングス」の名で知られる「指輪物語」 である。 僕がこの作品の何がそんなに好きかというと、 この作者であるJRRトールキンという人は、想像の力でもう一つの世界を描くには、想像の中にある、民族、血筋、文化、歴史が、既にそこになくてはならない。という考えの下、 ドワーフ、エルフ、ホビット、人間それぞれの種族の特性、文化、寿命、歴史年表、住んでいる地域と特産品等、完璧に設定されてあったという事がある。 最も驚くのは、彼は大学の言語学の教授だったらしいのだが、 それぞれの種族(さっきあげた4つの他オーク族も含む)の、言語体系と発音の仕方、文字に至るまで決めてあったという事…。 作者は仲のいい友人と冗談半分でホビット語で会話を交わしてたりしてたとか…。 究極のオタッキー(死語?)である… この彼がやった仕事はまさに、紙とペンと想像力によって、全く別な世界を造ってしまう。『天地創造』だったのかもしれない。 この作品のファンは全世界に数え切れないほどいる。 三部作で大ヒットを飛ばした映画化の後はもっとその数を増やしたに違いない。 だが、映画では表現しきれていない部分も多々存在する。 それはトールキン本人は頑なに否定し続けていた事だが、 彼の絶妙な現代風刺である。現代社会の問題点とか道徳的なメッセージを物語に込めると、どうしても説教臭くなったり、読み続けるのがうざったくなったりする。しかしトールキンはそれを否定しつつ、絶妙に物語の中に織り込んでいる。 僕自身、読んでいるうちはただ物語の中に取り込まれ、読み終わった後、現実生活の中で、とあるさもない瞬間に、彼のメッセージにハッと気づいたような気がした事が何度もあり、後からジワジワ湧き出てくる感じだ。 もう5回は読み返したが、何回読んでもそこには違う世界がある気がする。 映画化はとても素晴らしい出来栄えだったと認める。 でも、原作を読んでいない人で関心のある人は、是非読んで頂きたい。 で、何が言いたいのか? 想像の世界の中に身を浸すと、そこに見えてくるのは、「現実」。 そこで僕は、現実と向かい合わざるを得なくなる。 そしてまた、明日から頑張りましょう!!となる訳である。 昔のゲームにはそういうものが必ずあった。 必ず想像力を働かせる余地があったし、 苦労してクリアしても、やたらあっさりとしたエンディングのあとすぐまた、はじめの画面に戻された瞬間なんかは、まさに「お前!早く現実に帰れよ!!」と、叱られたような気分になったものである。 今の最新のゲームは危険なのであまりやらず、時々、初代ファミコンなどで、遊んでおります。(ボコスカウォーズ誰か持ってたら譲ってください) 「なーんだ、結局現実逃避なんじゃん。」 などという、冷たい声は聞こえないふりをして、この辺で失礼…。 PR |


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