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□■ 絆の牛乳
2008/02/21 00:47
 なんだか昔話が続きますがご勘弁。

─────────────────

 数年前、久々に帰省したときのこと。
 たまに実家に帰ると、生まれ育った土壌に心身ともに油断し、時間の流れが遅くなる。ぬるい空気の中をどう過ごせばいいのかわからない。
 飲み物を買いに散歩がてら近所のスーパーに向かった。かつて何度も利用していた店なのだが、大規模な改装をしたらしく、当時の面影はもはや店名にしか残っていない。天井も高くなり、照明にも凝っているようで、全体的に垢抜けた感じだ。
 飲み物のコーナーに足を運ぶと、スーツにエプロン姿の若者が牛乳売場にいた。
「どうぞ、よろしくお願いします」と小さな牛乳パックを両手で差し出してくる。タダでくれるらしい。他に客もいないので、その馴染みのあるデザインのパックを受け取りながら声をかけた。
「にいちゃん、雪印の社員?」
「……はい」
 折しも例の騒動の時期で、汚名返上のための現場組というわけだ。「ああ、この人からもネチネチ小言を言われるのか」のウンザリ感が目の周りに浮かんでいる。新卒で一流企業に就職したはいいが、いきなり今回の件に巻込まれたのかもしれない。彼もある意味では被害者だろう。
「心配せんでも『あんた個人に責任はないだろうが会社というものは……』とか説教するつもりはないから」
「はあ」
 もらった牛乳をチューチュー飲み、一息ついて彼を見据えた。
「そのかわり暇つぶしに付き合ってもらう。牛乳が結ぶ素敵な因縁の話を聞いておくれ……」

     * * *

 小学生の時分、牛乳瓶のキャップで遊ぶのが流行した。
 机の上にお互い同じ枚数のキャップを出して重ね、横から息を「ポゥ」と吹きかけて(文章でうまく説明できん……)ひっくり返した分だけ自分の物になるというのをなくなるまで交互に繰り返す、ベッタン(標準語で言うところのメンコ)やビー玉などと同様に、戦術的に優れた者が相手兵力を多く奪えるルールのゲームだ。
 ベッタンやビー玉は学校に持ってくるのが禁止されていたが、スーパーカー消しゴムは「かろうじて消しゴム」なのでギリギリセーフだった。その理論で、牛乳キャップは「給食のときに出たゴミで遊んでるだけ」という違法スレスレの背徳感が子供心をくすぐったのかもしれない。
 休み時間のたび、教室中に「ポゥ」「ポゥ」の音が響き、歓声が上がっていた。
 また、勝負運に見放されて手持ちがなくなったとしても、昼まで我慢して給食の牛乳を飲めば自動的に一枚ゲットできるのだ。興味のない女子たちから恵んでもらえば、更に数枚は堅い。そんな手軽さも受けていたのだろう。
 とにかく数多く所持している者が英雄であり、給食の牛乳キャップは校内で不思議な通貨として流通していた。
 その給食牛乳の工場は、小学校のすぐそばにあった。牛を飼ったりしてるわけではなく、どこかから搾ってきたものを殺菌などして瓶詰めする加工工場だ。社会科見学で一度だけ中に入り、工程を見たことがある。近未来都市を思わせる機械から、見慣れた牛乳瓶が並んで出てくる様子に素直に感動したものだ。

 そんなある日、工場が移転するという話を聞いた。すでに離れた土地に新工場は完成しつつあり、引越し作業も進んでいるらしい。言われてみれば、最近工場の前を通ってもなんとなく活気が感じられない。
 月日は流れ、とうとう給食牛乳のキャップにある住所表示が知らない場所のものに変わっていた。移転が完了したようだ。
 つまりあの工場はもう稼動していないということになる……。
 というわけで仲間三人とともに廃工場に潜入の運びとなったのは自然な流れであろう。もちろん牛乳キャップというお宝を求めて。
 廃工場と書くと生気の抜けたうら淋しい感じがするが、外は明るく、すぐ横は大通りで騒音もあり、お化け屋敷的な雰囲気はない。特に恐怖も不安も抱くことなく、建物に侵入した。
「どのへんにキャップあるんやろ?」
「あるとしたら瓶に詰める機械のとこちゃうか」
 目指すは、あの近未来からやってきたミルクマシンだ。
 いくらか迷いながらも、ぼんやりと憶えのある場所に出た。しかし大きな機械が設置されていたのだろうと思われる薄暗い空間が広がっているだけだった。
「もうなんにもあらへん」
「あそこに箱がある」
 我々は隅に積まれたダンボールを調べた。金貨のごとくキャップが詰め込まれているのを期待したが、よくわからないガラクタしか入っていない。機械の残骸周辺も漁ってみたが、目的の物は姿を見せる気配もない。
 諦め切れず、他の場所を探すことにした。目につく扉という全ての扉を片っ端から開けていったが、すでに空っぽだったり鍵がかかってたりでどうしようもない。
 二階に移動しようと階段を上った。するとなぜか、おじさん二人と踊り場で鉢合わせた。
 驚いたなんてものではない。
「うわー!」
「ぎゃー!」
「待てーこらー!」
 すぐさま逃走を試みたが内部構造に不案内なので思うようにいかない。四人ともあっさり捕まり、整列させられて説教モードだ。
「○○○小の子らか? 勝手に入ったらあかんやろが」
 彼らは残務整理か何かで上にいたところ物音に気付き、何事かと下りてきたら我々とご対面になったらしい。
 思い返せば潜入があまりにも簡単だった。塀を乗り越えることも、鍵穴に針金を突っ込むこともなく、正面突破でここまで来れた。まだ人の出入りがあったのだ。
 おじさんたちが心から怒っている様子ではないのが救いだが、こっちが完全に悪いので何も言い返せない。ごめんなさいと平謝りだ。
「なんでこんなとこに入ってきたんや?」
「どっかにキャップがあるかもしれん思って」
「キャップ?」
 我々は現時点での校内における流通事情を説明した。
 聞き終えたおじさんは苦笑しながら奥の事務所の方に消えた。再び現れた彼の腕には、蛍光灯のような長い棒が数本抱えられている。
「これ一本ずつやるから帰りや」
 結構な重さの棒を受け取ったはいいが、何なのか見当もつかない。
 しかし、これがまさに求めていたお宝だった。
 牛乳のキャップといえば我々はバラバラの状態でしか見たことがない。工場内でもそういう感じで保管されているものだと思い込んでいたのだ。
 棒の正体は、たくさんのキャップが重ねられ、紙の筒に入れられたものだった。使用前のキャップたちはこのような姿で出番を待っているのだろう。正確な数はわからないが、長さから推測して1000枚くらいありそうだ。
 驚いたなんてものではない。
「うわー!」
「ぎゃー!」
 四人とも火がついたように興奮し、その場ではしゃぎ回った。
 もう来たらあかんぞ、他のやつに言うなよと念を押すおじさんたちにお礼を言い、工場を後にした。

 家に帰ると早速数枚を取り出して眺めた。
 言うならばベッタンやビー玉は戦うために作られた戦士。勝負の世界に身を投じることを運命付けられた生まれながらにしてのソルジャーだ。対して牛乳のキャップは本来瓶に蓋をするためのもの。普段我々が目にするキャップは既にその仕事を終えた退役軍人。あとは朽ち果てるだけの抜け殻。その証拠に縁はくたびれ、薄汚れ、おまけに中心部には命日ともとれる醜い日付の刻印までされているではないか。目も当てられない。
 ところがだ、我々が手に入れたこの精鋭たちはどうだ。思わずため息が洩れる正円のボディライン。触れれば手が切れそうに鋭いエッジ。そして一点の曇りもない美しい表面。生命力に満ちている。
 今になってみれば、ただの丸い厚紙にお前はなにを熱くなっているのだという話だが……。

 翌日。我々選ばれし四賢者は、それぞれの棒を手に登校した。
 授業中は後ろのロッカーの影に隠しておき、最初の休み時間を迎えて精鋭たちのお披露目となった。
「うわー!」
「ぎゃー!」
 使い古しのキャップしか持っていない愚民共から悲鳴が上がる。予想通りの反応だ。昨日の自分を見ているようで恥ずかしい。
「それはともかく、Sくん。ゲームといこうじゃないか。とりあえず10枚ほどでどうかね?」
 筒から10名の兵隊を取り出しながら、よく勝負をするSに声をかけた。受けて立つようだ。
 さあ、ゆけ! 我が精鋭たちよ!
「ポゥ」「ポゥ」
 そして、こいつらが、まったくもって、実に、弱い! 重ね方をどれだけ工夫してもバタバタひっくり返される。じゃんけんで先攻をとられたら八割方勝負はついたようなものだった。オイラーやベルヌーイとかに詳しい人はぜひ理由を教えて欲しい。
 昼休み開始の時点ですでに半分近くの兵力を失った。俺以外の三人も似たようなものだ。意外な展開に言葉もない。徐々に自我も崩壊しつつある。
 戦況悪化の加速は止まらず、昼休みが終わる頃にはほぼ全滅だった。
 我々四賢者は重い足取りで家に帰った。

 それ以降、経済状況が激変する。
 我々が無能な新兵を市場に大量投入したおかげで、貨幣価値がすっかり狂ったのだ。
 以前は20枚ずつ出して計40枚なら、本人たちもギャラリーも手に汗握る大勝負だった。
 それが今や50枚や60枚は当たり前。積み上げるのが一苦労。しかも緊張感ゼロといった有様。ゲームの楽しみなどあったもんじゃない。
 Sが「ねばるとよだくん」というとんでもないタイトルの作文を発表する頃には、キャップのブームは過ぎ去っていた。
 牛乳工場のおじさんごめんなさい。

     * * *

「どうや? 得るものが多くてありがたい話やろ」
 ずるっと最後の一口を飲み干し、雪印の彼に優しく語りかけた。
「見てくれが悪くても、経験を積んだ者の方が強いという教訓でしょうか?」
「それもあるな」
「インフレなどの経済破綻には気をつけましょうという警告でしょうか?」
「それもあるな。でも俺が本当に伝えたかったのは、最初にも言ったが『牛乳が結ぶ素敵な因縁』だ!」
 彼は怯えたように「こいつは何を言ってるんだ」の目をしている。構わずに俺は続けた。
「あのとき俺が1000枚ものキャップを受け取ったのは、今まさに、お前が立っているあたりなんだよ! このスーパー『鮮度館コーヨー』は『いかるが牛乳』の跡地に建てられたものなんだよ!」
「な、なんですってー!」
 俺は驚きの声を上げたまま立ち尽くす彼の肩に手を置いた。
「がんばれ、青年。さらばだ。縁があったらまた会おう」

─────────────────

 まあ、アレンジしまくっている上に冗長で支離滅裂ですが、六、七年前の春に地元で起きた小さな奇跡です。
 今年卒業し新社会人になる4年生のみなさん、がんばってください。
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コメント
いやぁ〜、懐かしいですね。
牛乳キャップ、集めましたねぇ...。
僕らは単純にメンコで、その「ポゥ」と吹きかけるヤツはよく分からないんですが、最終的にはもっぱらコレクションとして集めるって感じでしたね。
ウチの学校は「大洋牛乳」というヤツだったんですが、「飛騨牛乳」「ひるがの牛乳」など、遠い土地のもので珍しいものを手に入れ、自慢しあう...って感じになってました。
...「いかるが牛乳」・・・気になります。(笑)

それにしてもどこまでが事実でどこまでがフィクションなんでしょう??
とにかく読み物として素晴らしいというか、面白いです〜...。(^_^)
【2008/02/23 01:48
WEBLINK [ URL ] NAME [ じめ #54957ff81e ] EDIT
懐かしいです。
私の時は、「キャップめん」といって、同じくメンコ形式で競技しましたが、せりあがったキャップの縁を爪で擦るようにして引っくり返す方式だったので、眩いバージンキャップでは間違いなく惨敗したことでしょう。
紙筒に入った新品…貴重品ですね。しかもインフレーションを身をもって経験されたなんて。
得難い思い出ですね。
【2008/02/25 15:30
WEBLINK [ ] NAME [ みのり #92ca4cbe69 ] EDIT
ごめんなさい。なぜかすっかり返信した気分でいました。まるで長い夢を見ていたようだ……。

>>みのり
確かうちも初期はその方法だったよ。でもいつのまにか「ポゥ」が主流になってたんだ。おそらく前者の方法は大量の勝負に向いてなかったからじゃないかな。周りにいるのはギャンブルにハマったら身を滅ぼす奴ばっかりだったんだ。

>>じめ
フィクションは雪印の彼とのからみの部分さ。本当は「ああ、ほながんばってな」程度だった。そもそも「あそこいかるがの跡地やんけ!」と帰ってから気付いた。アドリブで気の利いた返しって難しいよ。
【2008/04/02 00:35
WEBLINK [ ] NAME [ しんけい #92d80e39ee ] EDIT
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